未熟な甲虫の呟き

創作小説サイト「あわいを往く者」附属ブログ。(サイト掲載小説一覧電子書籍のご案内
更新のお知らせやコメントレス、たまに管理人の雑談が交じります。
カテゴリ「掌編」の記事
2015/04/16
「黒の黄昏」SS「合鍵」 
2015/02/14
バレンタイン・カウントダウン その二 
2015/02/12
バレンタイン・カウントダウン その一 
2013/11/01
ハロウィン小ネタ 
2013/03/26
キザな口説きセリフ【バトン】 
2013/01/27
「黒の黄昏」SS「つうこんのいちげき」 
2012/07/26
電子書籍版「撞着する積木」特典SSその3「花火」 
2012/07/19
電子書籍版「撞着する積木」特典SSその2「喧嘩」 
2012/05/23
「黒の黄昏」SS「キス」 
2012/04/21
「撞着する積木」SS「眼鏡」 

「黒の黄昏」SS「合鍵」

 一昨日にいただいたイラストを拝見していて、ロイ先生が抱く自分の能力に対する並々ならぬ自負というか満ち溢れる自信といったものを、しみじみと噛みしめていたところ、ふっ、と、幾つかの情景が浮かび上がってきましてな。我慢できずに第十一話三節の冒頭に、ちょっとだけ書き足してしまいました。おかげですっかり寝不足です。はははは。
 一番書きたかった部分には本編のネタバレがむっちゃ含まれているので、その箇所はサイト等で確認していただくとして、当たり障りのない過去話の部分を、SSと言い張って以下に抜き出しておきますね。(大いなるステマ)(そろそろステマの意味間違えていると思う)

 ロイ先生16歳の冬のエピソードです。



 ロイは、今でも、師が研究室の合鍵を渡してくれた時のことを、昨日の出来事のように思い出すことができる。
 毎日、放課後になると、ロイは他のことには目もくれずに、ザラシュの研究室へと通っていた。宮廷魔術師長として宮城の一角に居室を持つザラシュではあったが、周囲の雑音を嫌った彼は、以前に使用していた家を研究室として残し、公務の合間をぬってはそこで研究に打ち込んでいた。ロイは、その研究室でザラシュの手伝いをしながら、学校では望むべくもない、より高度で実践的な指導を受けていたのだ。
 二十年前のその日、いつもどうりに研究室のあるザラシュの旧邸へ向かったロイは、固く閉ざされた門に出迎えられた。
 城の警護や、魔術を使った他都市への通信など、宮廷魔術師の仕事は多岐に亘る上に煩雑だ。その長ともなれば、予期せぬ仕事に時間を取られることも少なくない。ロイの弟子入り以来、ザラシュは極力夕方の決まった時間に研究室を開けるようにしてくれていたが、それでもやはり、ザラシュの到着が遅れることは、ままあった。そして、そんな時は必ず、留守を預かる使用人がロイを門番小屋で待たせてくれたものだった。
 しかし、その日はどうも勝手が違っていた。門の向こうに見える小屋にも、庭にも、人の気配は一切無く、ロイは途方に暮れながら門の脇に立ち尽くした。
 お屋敷の並ぶ閑静な街角に、木枯らしが吹きすさぶ。ロイが、かじかむ両手を互いに擦りあわせていると、向こうの角から姿を現した一台の二輪馬車が、急いた様子でこちらに向かってきて、急制動でロイの前に停車した。
「遅れてしまってすまない。寒かっただろう、すぐに中に入って火を起こそう」
 謝罪の言葉を口にするザラシュに対し、ロイは静かに首を振った。
「大丈夫です」
「大丈夫なわけがあるか。唇の色が紫色になっているぞ」
 いつもの使用人が身内の不幸とやらでいとまをとったため、今この家には誰もいないのだ、と、ザラシュは申し訳なさそうにロイに言った。
「確かに『規範』には、自分のために術を使うな、とあるが、身体を壊してしまっては、人助けのしようもないだろう?」
 暖炉の火に加えて、絶妙に出力を調整された魔術の炎が、冷え切ったロイの身体をゆっくりと温めてくれる。ロイがようやく人心地ついた頃、ザラシュが少しわざとらしい調子で咳払いを一つした。
「これを君に渡しておこうかな」
 そう言ってザラシュが差し出したのは、飾り気のない頑丈そうな鍵だった。
「これは……?」
「この家の合鍵だよ」
 驚きに目を丸くするロイの目の前、ザラシュが穏やかな笑みを浮かべる。
「君なら、いつでも自由に出入りしてくれて構わんよ。私が留守の時でも遠慮なく」
「いや、しかし、今日のことは、私がしっかりと防寒具を用意してさえいれば……」
 躊躇うロイに、ザラシュは悪戯っぽい表情を作ってみせた。
「なんにせよ、私を待つ時間が勿体ないだろう?」
 主人が不在の家で勝手にするのが気が引けるというのなら、書斎の本を読んで待っておればいいだろう。ザラシュにそう言われてしまえば、ロイに断わる理由は何も無かった。
「でも、宜しいのですか?」
「勿論だとも」
 ザラシュは破願すると、ロイの手に鍵を握らせた。
「これは、私と君との絆だよ。大切にしておくれ――」
 
 


 こんなに控えめでカワイイ(?)少年が、あーんな大人になるわけですなw

 サイトや小説家になろうの他、BCCKSの電子書籍版も修正しておきました。
 実は、先日の製本作業に際して、幾つかの節に設定していたアバンタイトルを撤廃、本文を再構成しておりましてね。以前ダウンロードなさった方も、是非この機会に、新しいファイルと差し替えてくだされば幸いです。
 

バレンタイン・カウントダウン その二


「トリュフなんて自分で作れるとは思わなかったなー」
 製菓道具を洗いながら、彼女がしみじみと呟いた。
 その横では、彼が、洗い終えたヘラやボウルを水切り籠から取り出しては丁寧に布巾で拭いていく。
「でも、作業自体は何も難しいことなかったろ?」
「難しいか否か、と同じぐらい、面倒か否か、ってのも重要なファクタでね。私一人じゃ、とてもこんな凝ったチョコは作れなかったよ」
 苦笑を浮かべる彼女に、彼もまた苦笑で応えた。
「慣れてしまえば、たいした苦にはならないさ」
 普段自炊はしなくとも、各種イベントごとに菓子は作る、という彼だから言える、余裕の台詞である。
 彼女は深い溜め息をつくと、洗い物を終えタオルで手を拭いた。
「それにしても、チョコをあげる相手に、作るのを手伝ってもらうなんてね」
 彼女の言葉が終わりきらないうちに、彼が芝居がかった調子で咳払いをした。
「トドメを刺すようで悪いけど、実は僕もチョコを作ったんだ。君に」
「ええっ」
 驚く彼女に、彼はすこぶる得意そうに口角を上げる。
「僕の本気を見せてあげよう、って言っただろ?」
「え? それって、私のチョコを手伝ってくれる、という意味じゃなかったんだ?」
 想像だにしていなかった反応に、彼は先ずぽかんと口をあけ、そして次に、そっと眉をひそめた。
「手作りを振る舞ってくれる、って言ってくれた人間相手に、そんな失礼なこと言うわけないだろ」
「いやまあ、事実は事実だから、失礼とは思わなかったけど。実際のところ、私一人で作ったら、市販のチョコを溶かして、何か混ぜ物して、固めて、終わり、ってなっただろうし」
「混ぜ物言うな」
 反射的にツッコミを入れてから、彼は、やれやれ、と肩を落とした。
「どうして、バレンタイン・デートが、手作りチョコ教室に変わってしまったんだろう、って不思議に思ってたんだけど、そういうことか……」
 
 ローテーブルに二組のコーヒーカップが並べられる。
 真ん中には、トリュフチョコレートの盛られた皿。そしてその横には、まるでケーキ屋で買ってきたかのような、美味しそうなガトーショコラが、鎮座ましましていた。
「こうやって並べてみると、釣り合わないこと甚だしいな」
 何度目か知らぬ溜め息が、彼女の口から漏れる。
「そう?」
「せめて、一から十まで自分で作っていれば、少しは胸も張れるんだろうけど」
 君の手をあれだけ煩わせておいて、チョコの交換も何もあったもんじゃない。そう力無く笑う彼女に向かって、彼は涼しい顔で「両手を出して」と声をかけた。
「こう?」
 不思議そうな顔をしつつも、彼女が素直に両手を前に突き出せば、彼は更なる指示を繰り出していく。
「いや、そこまで手を伸ばさなくてもいいから。そう、それぐらいでいい。互いの手をもう少し近づけて、そう、それで、手のひらを上に向けて」
 彼女が胸の前に差し出した両手の上に、彼は、トリュフの皿をそうっと乗せた。
 彼女が、目をしばたたかせる。
 彼は、トリュフを捧げ持つ体勢となった彼女をじっと見つめた。途中で一度、ちらりとテーブルの上のガトーショコラに目をやったのち、再び彼女をねめまわし……、それから最後に、極上の笑みを浮かべた。
「これで、山ほどお釣りがくる」
「え?」
「じゃあ、僕から先に、いただきます、っと」
 そうして、チョコよりも甘いキスが、彼女の唇に落とされた。、
 
 


 なんとかバレンタイン当日に間に合いました。バレンタインネタSS第二弾、です。
 書籍化された「うつしゆめ」から、「彼」と「彼女」に登場してもらいました。
 最初は、「魔法の呪文:これを冷蔵庫で一時間寝かしたものが、こちらになります」ネタにしようと思っていたんですが、書いているうちに、なんだか収拾がつかなくなってしまいましてね……。
 何はともあれ、ハッピーバレンタイン!
 

バレンタイン・カウントダウン その一

 実は、オフラインが少々切羽詰っておりましてね……。春になれば少しは落ち着いて物書きできるかな……。
 とりあえず、バレンタインネタを幾つか思いついたので、ざっくり記しておくことにしました。「その一」とありますが、「その二」が書けるかどうかは神の味噌汁。(脚本形式ならすぐに出せるんですがね……)

 まずは、先月配信開始した「呪いの解き方教えます」の二人。作中時間と微妙にバッティングしているような気がしますが、そこはそれ、名探偵コナン時空みたいな感じで!



 珊慈がローテーブルの上にコーヒーの入ったマグカップを並べるなり、理奈が綺麗にラッピングされた小箱を勢いよく差し出してきた。
「はい、バレンタインのチョコ、どうぞ!」
 向日葵のような満面の笑みが彼女らしいと言えば彼女らしいのだが、もう少し勿体ぶってみたりとか恥じらってみたりとか、そういう駆け引き的演出は無いのだろうか。無いな、と、珊慈は即座に胸の内で呟いた。そもそも、向日葵好きと向日葵の組み合わせなのだから、そこに何も不都合はない。
「ありがとう」
 珊慈が心からの笑顔を向けると、理奈の顔が一気に赤くなった。これも実に彼女らしい。
 小箱には、珊慈も良く知っている有名洋菓子店の名前があった。凝った包装はまるで宝箱のようで、これを選んだ時の理奈の表情が簡単に想像できて、珊慈は思わず頬を緩ませた。
「あけてみないの?」
 と、テーブルの端に置かれたチョコの箱を指さして、理奈が問うてくる。
「あけてほしいの?」
 質問に質問で返してみれば、理奈は、もじもじしながら更に質問を打ち返してきた。
「どんなチョコか気にならない?」
「……あけてほしいんだね」
「アッ、いえ、そういうわけではない、わけでもない、ような、何と言うか、ええと、その」
 理奈が、激しく動揺している。どうやら図星を差されたようだ。 
 ホント、見飽きないなあ、と、心の中でだけ思いっきりニヤニヤ笑いながら、珊慈は淡々と小箱の包装を解いた。
 箱の中には、小さなマスコットみたいなチョコが、大小合わせて四つ入っていた。中に入っていた栞によると、童話をモチーフに造形したものらしい。
「へえ。可愛いチョコだねー」
 理奈が「でしょ、でしょ!」と目を輝かせるのを見て、珊慈は思わず口元に笑みを浮かべる。
 高校の時に、絵にかいたような義理チョコ――お徳用大袋入りチョコの一つ――を理奈から貰ったことはあったが、これは正真正銘の本命チョコだ。ゆっくり大切に味わわせてもらおう、と思って、珊慈が箱に蓋をすると、またもや理奈が、おずおずとチョコの箱を指さしてきた。
「食べないの?」
 その瞬間、珊慈の脳裏に閃くものがあった。
「……食べたいんだね」
 珊慈の問いかけに対し、理奈は面白いほど勢いよく首を横にぶんぶんと振る。
「いやいやいや、流石の私も、そこまで厚かましくは……!」
「本当に? 味見、したくない?」
 ちらりと箱の蓋をあけてみせるだけで、理奈はいとも簡単に陥落した。
「あー、えーと、そのー、ええ、まあ、どんな味か、ちょっとは気になるかな……」
「じゃあ、一つどうぞ」
「ありがとー! って、ええっ、ちょっと待って、ナニその『あーん』って!」
「チョコのお礼に食べさせてあげるよ。はい、口あけて」
「いや、それは、流石に恥ずかしすぎるというか!」
「じゃあ、ポッキーゲーム的に」
「イキナリ至近距離!」
 
 珊慈が淹れたコーヒーは、結局一度も口をつけられないまま冷め切ってしまうことになったのだった。 
 
 


 そういえば、先日、リア友に「こんな、リア充爆発しろみたいなシーン、どんな顔で書いてんの?」と訊かれて、「真顔でな!」とドヤ顔で答えましたん。

 物語と、それを書いている自分を、しっかり切り離してこそ、ですね。と、ここでは真面目に言っておきます。
 

ハロウィン小ネタ

 小ネタで恐縮ですが、昨晩呟いたハロウィンネタをまとめておきますねー。

 ヒロインが「トリック以下略」とネタをふって、野郎の反応を見る、というパターンに揃えようと思ったんですが、どうしても一つだけ上手くいかなくて、諦めました。恐るべし、どつき漫才コンビ……。

「トリック・オア・トリート、って、なに、その溜め息」「仮装もなしで、『トリック』とか『トリート』とか言われてもなあ」「じ、じゃあ、(髪の毛ほどいて)貞子」「……」「トリック・オア・トリート!」「……」「……恥ずかしいんだから何か言ってよ!」「……」「なにニヤニヤ笑ってんのよ(泣」
posted at 23:24:35

先のツイ、今プロット組み立ててる話からキャラを引っ張ってきましたん。でも、改めて読み返したら、ヒロインのキャラがちょっと違ってしまったかも。うむむむ。
posted at 23:28:06

つーわけで、今まで書いた現代物のキャラを使って、ハロウィンネタSS、いきまーす。
posted at 23:30:18

「トリック・オア・トリート!」「どうぞ」「え?」「いたずら、するんでしょ? どうぞ(イイ笑顔」「あ、いや、別にいたずらしたいわけじゃなくって、むしろ私はお菓子のほうが……ほら、そこの飴でいいから」「ああ、これはあとで僕が食べるから、あげない」「……」「いたずら、どうぞ(ドヤ顔」
posted at 23:32:30

「トリック・オア・トリート! ていうか、トリック・アーンド・トリー……」右フック炸裂
posted at 23:34:44

「トリック・オア・トリート……いつも不思議に思うんですけど、『トリック』と『トリート』で行動の主体が違わないですか? ほら、『いたずら』するのは来客側で、『もてなし』をするのは、家の人なわけでしょ? って、あれ? 先生、どうされました? 頭痛ですか?」
posted at 23:39:41

「トリック・オア・トリート! なーんて」『……何かお菓子を送ろうか?』「ええええ? いいよ、ちょっと言ってみたかっただけだから! 気にしないで!」『そうか。……もしかして、仮装もしてるのか?』「まさかぁ」『…………そうか』(何か今ガッカリされたような……)
posted at 23:46:25

「今日図書館のキッズルームで、ハロウィン・パーティしたんですよ。って、職員が猫耳つけて、子供達に飴ちゃんを配っただけなんですけど」「猫耳……?」「ほら(鞄をチラっと開けて)これ、百均で買ったんですけど、結構出来がいいでしょ」「……!」「特に、館長がすごく似合ってて!」「……」
posted at 00:00:20
※館長:恰幅の良い50代後半の気のいいおっちゃん

なんてこった、日付変わってしまった……orz ハロウィン・ツイ、順に、「うつしゆめ」「RはリドルのR」「あい対する積木」「薄紅まといて」「図書館で会いましょう」でした! 一通り書いて満足したので、風呂ってこよう。
posted at 00:06:46
 

キザな口説きセリフ【バトン】

「小説家になろう」の、招夏さんまあぷるさんの活動報告から、バトンを拾ってまいりました。
その名も……キザな口説きセリフ【バトン】

------ココカラ------

【注意】
 これは常人には精神ダメージがかなり大きいバトンです。見る時は五回ほど深呼吸をし、覚悟を決めてから見てください。
 以下のキーワードを絡める(もしくは連想させる)口説きセリフを自分で考え、悶えながら回答して下さい。
 答える生け贄、もとい勇気ある人々にこの言葉を送ります。
『恥を捨てろ、考えるな!』
 ※ リアルで言ったら変人扱いされるようなキザなセリフを特に推奨


■キーワード1 『雪』
「君は、天空から地上に降りた、純白の天使。まだ誰も踏み入っていない一面の銀世界を、僕に乱させておくれ」

■キーワード2 『月』
「昔から言うじゃないか。月の光が人を狂わせる、と。今夜の僕は、君に狂わされる哀れな狼さ」

■キーワード3 『花』
「花がどうして美しく咲くか知ってるかい? 甘い香りも、あでやかな姿も、全て虫を誘うためのもの。ならば、こうして僕が君に吸い寄せられるのは、真理ってわけだ」

■キーワード4 『鳥』
「可愛い小鳥さん。僕の腕の中で、君はどんな歌を歌ってくれるんだい?」

■キーワード5 『風』
「困ったな。君の髪を乱す春風にさえ、僕は嫉妬してしまいそうだ」

■キーワード6 『無』
「空っぽだった僕の心を満たしてくれたのは、君なんだよ。君がいなければ、僕なんか存在しないも同然だ」

■キーワード7 『光』
「太陽も、月も、眩くきらめく貴石さえも、君の笑顔にはかなわない」

■キーワード8 『水』
「砂漠を行く旅人の前に現れた、緑なすオアシスよ。どうか乾ききった僕を、潤してくれないか」

■キーワード9 『火』
「ねえ、分かってる? 君が、僕に火をつけたんだ。その責任をとってもらうよ」

■キーワード10 『時』
「君さえいれば、時の流れすら僕の敵ではない。幾度砂時計を反されようと、僕は君を愛し続けるから」

■このバトンを回す生け贄五人
ああっ、バトンが手からすっぽ抜けて坂道を転がっていってしまったー!
(どうぞご自由にお持ちくださいv)

------ココマデ------



オマケ。



「ゴメン、降参。もう勘弁。これ以上は無理。死ぬ。歯が浮いて死ぬから」
 必死で懇願するも、彼は涼しげな笑みを浮かべるのみ。
「あれ? まだ十個しか言ってないよ」
「十個もよくスラスラと出てくるね……」
 呆れ顔を作ろうにも、この、すっかり熱を持った頬が邪魔で邪魔で、私はひたすら下を向くしかない。
 発端は、夕食後に何となくつけたテレビでやってた恋愛ドラマ。タイトルに聞き覚えがあるということは、たぶん世間では大ヒット中なんだろう。ヒロインの相手役が、これでもかと詩的な台詞を吐くのが面白くて、ついついはしゃいでしまったところ、彼が、あの「天使の微笑み」を浮かべて言ったのだ。「そんなにキザな台詞が好きなら、好きなだけ聞かせてあげようか」と。
 無軌道に口説くのもつまらないから何かお題をくれ、と言うので、遊び半分に単語を言ってみたら、このとおり。同じ研究分野に身を置く者として、彼の優秀さには常々感服していたが、まさかこんな方面でも死角が無いとは、本当に恐れ入る。
「本音を言うと、口頭でだけじゃなくて、実技も加えたかったところなんだけど」
 ……後ろから抱きすくめて耳元で囁くのは、実技のうちに入らないんだろうか。
「ていうか、言い続けた僕も僕だけど、平然と聞き続けた君も、大概だよね」
 どう反論しても、その先に待つ未来は同じような気がする。むう、とだけ唸れば、彼が悪戯っぽく笑った。
「じゃあ、今度は、十八禁バージョンでいこうかな」
「ええっ?」
「大丈夫。実技は最後にとっておくから。……ええと、最初は雪だったね。『雪原のごときその白い肌を……』」
 
 
    < 了 >




サイト掲載のあの物語から、あの二人に頑張ってもらいました。(どの物語のどの二人かを明らかにするだけで本編のネタバレになってしまう、あの二人です)
……そう、キャラの台詞だと思えば、考えるのも全然恥ずかしくない!

もう一人、こちらは素でキザな台詞が得意技なキャラがおりますが……、あいつでシミュレートしかけたところ、いきなりエロスな世界が展開してしまったので、諦めました……。隊長ェ……orz

というわけで、バトン、楽しませていただきました! ありがとうございましたv
 

「黒の黄昏」SS「つうこんのいちげき」


「いやあ、隊長と副隊長が、まあ、なんつーか、仲直り? したのは、俺らにとっても、とってもありがたいわけなんだけどさ……」
 奥歯に物が挟まりまくった口調で、ガーランはがしがしと頭を掻き毟った。
 ここは、ルドス警備隊詰所の二階、隊長の執務室。ノックの音からして気の進まない様子で、ガーランはエセルの机の前に立った。他愛もない世間話でお茶を濁すこと寸刻、「だから何の用だ」とのエセルの容赦ない問いかけに、半分やけっぱちで本題に突入したところだった。
「……ありがたいわけなんだけど、今度はさ、この部屋に用があってやってきたとして、その時にだな、アンタらが……、いや、なんつーか、ほら、うっかりアンタらの邪魔をしてしまわないか、とかさ、色々と悩みは尽きないわけよ」
 なんで俺が隊長にこんなこと言わなければならないんだ、と、理不尽な思いを噛み締めるガーランの脳裏に、ついさっき談話室で同僚達と交わされた会話が甦ってきた。
 
 
「確かに、これで、あの二人の顔色をびくびくしながら窺わなくっても良くなったわけだけどよ」
「今度は逆の意味で、見ていられない、って感じがしないか?」
 今更何を言ってるんだ、両片思いが両思いに変わっただけで、以前と全く同じじゃねえか、と心の中で溜め息をつきながら、ガーランは反論を試みた。
「そうか? 隊長はともかく、あの副隊長が、人前でベタベタするようには思えねえが」
「まあ、そりゃそうなんだけどさ、でも、執務室に用があっても、やっぱさ、行くの、躊躇うよな」
「だって、二人きりだろ、あの部屋で」
 ケツの青いガキじゃあるまいし、意識しすぎなんだよお前ら。そう言いたいところを、ガーランはぐっとこらえた。
「だーかーらー、彼女に限って、ないない、ないって」
「でも、隊長のほうは間違いなく調子に乗るだろ?」
 そこで思わず言葉に詰まるガーランを、同僚達がすがるような目で取り囲んだ。
「だからさ、頼むよ」
「……え?」
「なあ、ガーラン。あの二人と長時間一緒にいて平然としてられるのは、俺達の中じゃお前ぐらいなもんだ。だから……」
 
 
「――隊長にもう一人ぐらい補佐をつけて、そいつもここに詰めてりゃ、ちょっとは密閉感てか閉塞感みたいなものが薄れるかなー、と、だな……」
 どう考えても無理がありすぎる提案を、ガーランはなんとか言いきった。あとは野となれ山となれ。伝令の仕事はここまでだ、と、天井を仰ぐ。
 ふむ、と考え込むそぶりを見せたエセルは、鷹揚な態度で椅子に背を預けた。
「そうは言うが、ガーラン」
 と、にやりと底意地の悪そうな笑みを浮かべながら、「すると今度は、三人の邪魔をするかもしれない、と、悩むことになるのではないか?」
 その瞬間、ガーランの思考は真っ白になった。顔面にこぶしを喰らったかのように、目の奥で火花が弾ける。
 エセルが、にやにや笑いを収めて、怪訝そうに眉をひそめた。
「どうした、ガーラン、お前らしくない。うぶな生娘でもあるまいし、何を赤くなっている」
 と、背後の扉にノックの音が響いた。
 鈴の音もかくやな「入ります」の声を聞き、ガーランが我に返る。
「そ、そうだな、うん、も、もう一度、あいつらの話を、聞いてくるわ」
 扉の開く音に続けて、軽やかな靴音。
「ガーラン、ここにいたのですか」
「お、おうよ」
 副隊長に背を向けたまま、ガーランはじりじりと扉のほうへとあとずさる。そうして、彼女の傍らを通り過ぎるや否や、脱兎のごとく執務室を飛び出していったのだった……。
 
 


アホなネタを思いついてしまって、我慢できずに書いてしまいました。すみませんすみません。
大体、「黒の黄昏」第三部始まってすぐのあたりです。
 

電子書籍版「撞着する積木」特典SSその3「花火」


 夜空に大輪の花が咲く。
 花火大会の最初を飾る一発に、展望台のあちこちから歓声が上がった。
 少し遅れて夜風をぬってきた重低音が、腹の底を震わせる。
「三キロ、てところか」
「三キロぐらいですね」
 朗の囁きに、傍らの志紀が即座に応答してくれた。満ち足りた心地で志紀を見やった朗の耳に、背後からとんでもない声が飛び込んでくる。
「今の音、何? 打ち上げ失敗?」
「どんっ、っていったよね。事故だったらヤバいんじゃない?」
 思わず眉間に皺を寄せる朗に、志紀が苦笑を向けた。その滑らかな頬が、二発目の花火に鮮やかに照らされる。
 続いて、三発目、四発目。こうなると、打ち上げの音は全く気にならなくなり、暴発だの大惨事だの騒いでいた後ろのカップルも、キャッキャキャッキャと無邪気にはしゃいでいる。
「光と音の速度については、義務教育期間に習うはずだろう」
 憮然と呟く朗の横で、志紀がくすりと笑った。
「雷が光ってから三秒以内に音が聞こえたら、すぐに家に入れ、って、子供の頃に親によく言われました」
「一キロ以内、か。賢明な親御さんだな」
 志紀の口元が柔らかくほころぶのを見て、朗は静かに息を呑んだ。口の中に溢れてきた唾を、音がせぬようそっと嚥下する。
 
 結局、行きの車の中では、二人はまともな会話を交わすことができなかった。
 確かに、他の女と見間違えられては、さしもの志紀とて傷つくだろう。逆に、彼女が他の男と朗を見間違えたら、と考えると、志紀の怒りは朗にも充分に理解できた。
 もしもそんなことが起きようものなら……、二度と間違えたりしないよう、しっかり彼女に思い知らせてやらねばならないだろう。花火も夕食もあとまわしにして、どこか邪魔の入らないところで、僅かな指の動きにすら朗の存在を感じられるように、じっくりと、身体の隅々にまで教え込むのだ。
 
 ごくりと喉を鳴らしてから、朗はちらりと右を窺った。
 カリウムだろうか、紫色の光が、志紀の白い頬を淡く浮かび上がらせている。次はナトリウムか。つい炎色反応に意識を向けようとしてしまうのは、湧き上がる欲望を誤魔化そうとしての措置だろう、と、朗は自己分析した。
 黒い浴衣からすうっと伸びるうなじ。結い上げられた髪の先が、まるで朗を誘うかのように、白い肌を背景にゆらゆらと揺れている。後れ毛も艶めかしい襟足に唇を這わせれば、一体どんな声が漏れるのか。そのまま耳へと攻め込み、身八ツ口から手を差し入れ、柔い双丘を思う存分に弄べば、彼女はどんな声で啼くだろうか。
『放してください!』
 車中での志紀の声が耳元に甦り、朗は思わずこぶしを握り締めた。
 ――銅、カルシウム。ストロンチウム……いや、リチウム、か。
 花火を凝視してゆっくりと深呼吸を繰り返すものの、ひとところに集まった熱は、なかなか散ってくれそうにない。
 と、誰かに押されでもしたのか、志紀が朗のほうへ倒れこんできた。
 咄嗟に受け止めれば、志紀を背後からホールドするような体勢になった。なってしまった。
「すみません」
「人が増えてきたからな。仕方がない」
 仕方がない。おのれに言い聞かせるように、朗は口の中で繰り返す。
「あ、あの、もう大丈夫ですから」
「そうか」
「えと、だから、その、手を……」
「このほうが、余分な場所を取らなくてすむ。公共の利益に適っている」
 志紀は、何か言いたそうに朗を見上げていたが、辺りがまた明るくなったのを見て、再び花火会場を振り返った。
「ホウ素か」
「……バリウムじゃないですか?」
 打てば響くような受け答え。
 朗はそっと口角を上げた。
 暗闇をいいことに、慎重に両腕に力を込め、じわりじわりと志紀を引き寄せる。そのまま艶やかな髪に口づけを落とそうとした、まさにその瞬間、険を含んだ囁き声が、朗の耳を貫いた。
「こんなところで、変なことしないでくださいよ?」
 苦渋の唸り声一つ、朗は身を起こした。
 ここは、大人しく引き下がっておいたほうがいいだろう。ホテルに連れ込むことさえできれば、あとは朗のターンだ。三面六臂もかくやのわざで、またたく間に彼女をベッドに組み敷いてみせよう。
 ――問題は、志紀がそこへ行くことを承諾してくれるか、だ。
 朗は、半ば絶望的な心地で空を仰いだ。
 ナトリウムの黄色い光が、漆黒のキャンバスに花びらを散らした。
 
 
 


 電子書籍版「撞着する積木」購入特典SS、三つ目は、リクエストいただいた「先生が志紀のご機嫌を損ねて、お預けをくらうようなエピソード」です。
 ホテルなり何なりに落ち着いてしまえば、志紀に勝ち目はないので(そういう場所へ行くということ自体が、志紀がその気になっている、ということを表しているわけなので)、お預け状態の先生を描くとなると、こういう感じになってしまうんですよね……。
 きちんと「お預け」になっていたらいいのですが……。ドキドキ。


 そんなこんなで、電子書籍版購入特典SSは、これでおしまいです。

 改めて、このたびは電子書籍版「撞着する積木」をお買い上げくださってありがとうございました!
 おかげさまで、パピレスの週間ランキングに二週連続で入ることができました。全くの無名の人間が書いた本が、先週三位、今週四位ですよ! 皆さん、本当にありがとうございます!!
 これからも地道に書き続けていきたいと思っておりますので、どうかよろしくお願いいたします。
 

電子書籍版「撞着する積木」特典SSその2「喧嘩」


「すまなかった」
 不穏な空気に耐えかねたのだろう、朗がとうとう路肩に車を停めた。志紀のほうに身体ごと向き直って、本日三度目の謝罪の言葉を、一音ずつ噛みしめるように吐き出す。
 夕闇に沈む郊外の幹線道路、朗の車のすぐ脇を、轟音をたてながらダンプカーが走り抜けていった。
「もういいです」
 騒音が遠ざかるのを待って、志紀は少し唇を尖らせながら返答した。すまない、悪い、許してくれ。薄っぺらい言葉ばかりを積み重ねられても、虚しさがつのるばかりだ。
「私が悪かった」
「だから、もういいですって言ってるじゃないですか」
 言葉を返せば返すほど、いらいらがつのっていく。朗を一顧だにしないまま、志紀は溜め息をついた。
 
 花火大会を見に行こう、と言われて、大張り切りで浴衣を着て、待ち合わせの駅前の車寄せで待つこと十五分、見慣れた赤い車が自分を通り過ぎて、別の女性の前に停まった時の、あの絶望感は、筆舌に尽くしがたい。
「まさか、浴衣を着ているなんて思ってもいなかったんだよ」
 確かに、件の女性は、志紀と同じぐらいの背格好だったし、服装もいつもの志紀と同様なカジュアルスタイルだった。
 駅前の往来の中、運転しながら待ち合わせ相手の姿を確認する、ということが容易ではないことぐらいは、志紀にも想像がつく。そう頭では理解できても、胸の奥は、未だにじくじくと疼いている。
 
 花火会場の周辺は、地獄の混雑具合で知られている。朗が車を出したのは、少し離れた山から花火を鑑賞するためだった。花火ビュースポットとして知られる展望台の近くにはコーヒーの美味いカフェがあると聞いて、志紀はとても楽しみにしていたのだ。
 黒地に淡い桜が舞う浴衣は、母が若い頃に一度二度袖を通しただけという、新品同様の美しいものだった。着付け方法をネットで探し、プリントアウトしたものと首っ引きで帯の結び方を覚え、志紀は今日という日に臨んだ。以前話の流れで「私のどこが良かったんですか?」と問う機会を得た時、躊躇いもなく「ものの考え方が」と言い切った朗も、もしかしたらこの浴衣姿なら褒めてくれるかもしれない、と思って。
 ……そんな甘いシチュエーションなど、今や夢のまた夢となってしまったわけだが。
「遠目で見て、いつもの立ち姿に一番近い人物を、君だと思い込んでしまった。浴衣姿は本当に予想外だったんだ……」
「分かってます」
 分かっているが、納得はできない、したくない。
「志紀……」
 朗が志紀の右手を取った。慌てて手を引こうとする間もなく、左手も掴まれる。
 志紀の頬が、カッと熱くなった。怒りのあまり。
「放してください!」
 お互いにじゃれ合っている時に、強引に出られるのは嫌いじゃなかった。でも、こんな、人が怒っている時にまで、力でねじ伏せようなんて、あまりにも横暴すぎる……!
 やめて、と必死に身体をよじる志紀の耳に、酷く擦れた声が飛び込んできた。
「違う」
 何が違うというのか。目に精一杯力を込めて志紀は朗を見上げた。
 予想もしていなかった穏やかな眼差しが、真っ直ぐに志紀を見つめていた。
 掴まれていた両手が、離される。
「やっと、私のほうを向いてくれたな」
 静かな声に、志紀は小さく息を呑んだ。
 朗は、そっと面を伏せると、もう一度、ゆっくりと、「悪かった」と謝った。
「……先生……」
 先生のしたことは、これほどまで責められるべきことなのだろうか。ふと、志紀は思った。私は、こんな表情を先生にさせたかったのだろうか、とも。
 
 答えは、否、だ。
 
 志紀は大きく息を吸い込んだ。
 とはいえ、あの胸の痛みを無かったことにするのには、少々抵抗があった。仲直りに一つぐらい条件をつけてもバチは当たらないよね、と自分に言い訳をして、志紀は頭の中で台詞をシミュレートする。
 
 ――もういいですよ、私も少し意地を張りすぎました、でもショックだったんですよ、(たぶん、ここでもう一度謝ってこられるはず)じゃあ、正直に答えてほしいんですけど……
『この浴衣、どう思います?』
 ――これでは、質問が抽象的すぎるか。
『浴衣、可愛いでしょ?』
 ――いやいや、ちょっとそれは、どう返事されても恥ずかしすぎる。
『似合ってます?』
 ――これぐらいが無難かもしれない。
 
 余計な事を考えているうちに、志紀の胸はどんどん鼓動を早めていった。どう言おう、いつ言おう、そうぐるぐると悩んでいる間も、朗は神妙な顔で、訥訥と弁解を吐き出している。
「……浴衣姿が、パターンマッチングの候補に入っていなかった。だから、探せなかった。だいたい、他の女と君を見間違えたりするもんか」
 僅かに視線を逸らせた朗の頬が、少し赤みを帯びているような気がして、志紀の体温が一気に上がった。
 どうしよう、このまま抱きついちゃってもいいだろうか、と、考えた次の瞬間、朗がダメ押しとばかりに自身の発言をまとめた。簡潔に。非常に簡潔に。
「……そう、見間違えたんじゃない、見えていなかったんだ」
 
 
 ……どうやら、仲直りにはもう少し時間がかかりそうである。
 
 
 


 電子書籍版「撞着する積木」購入特典SS、二つ目をお届けします。
 今回は、拍手でいただいたリクエスト「プンスカする志紀ちゃん」をものしました。リクエスト主さま、これでいかがでしょうか。

 実は、もう一ついただいているリクエストが、「先生が志紀のご機嫌を損ねて、お預けをくらうようなエピソード」なのです。なにこの素晴らしいシンクロニシティ。
「おろおろする先生が見てみたい」
「本編では先生が志紀を振り回しまくって、志紀を困らせていたので、ぜひとも先生を困らせてほしい」
って、皆さんSなんだから。あ、Sというのは、素敵の頭文字ですよ、念のため。

 では、最後のSSは、今回の続き、朗先生の煩悶っぷりを楽しみにしていてください。
 

「黒の黄昏」SS「キス」


 捌けども捌けども一向に減らぬ書類の山を前に、警備隊隊長エセル・サベイジはとうとうへそを曲げた。ペンを放り出した手で、褐色の髪を苛々とかき乱す。
「署名なぞ、誰にだってできるだろう」
「中身の検分も全て隊長にお任せしてしまっても良いのですが」
 事も無げな声とともに、副隊長インシャ・アラハンが更なる書類を手に執務机の前に立った。
 ぐうの音も出ず、エセルは椅子に深々と身を沈めた。閲《けみ》すべき事項を彼女が仕分けてくれているからこそ、自分の仕事が簡単な確認と署名だけですんでいるということを、理解しているからだ。
 だが、それでもエセルはぼやかずにはいられなかった。
「少し休憩を、だな」
「先ほど訓練場から戻ってこられたばかりではありませんか」
 剣術の手合わせでは、気分転換はできても、心身を休めることはできない。私は憩いが欲しいのだ、と息を吐き出してから、エセルは上目遣いでインシャを見上げた。
「そうだな、君がキスの一つでもしてくれたら、やる気が出るかもしれないな」
 有能な副官は碧眼を丸く見開き、それからこれ見よがしに肩を落とした。
 もとより、生真面目な彼女が就業中にこんなことを承諾するとは思っていない。エセルは口元に苦笑を刻むと、姿勢を正して再びペンを手にした。
 と、次の瞬間、インシャが机の向こうからすっと手を伸ばしてきた。華奢な指が、まるで壊れ物を扱うかのように優しくエセルの手をとったかと思えば、蜂蜜色の髪が視界に飛び込んでくる。
 そうして、手の甲に柔らかいものが触れた。
「……これで、やる気を出していただけますか」
 しばし言葉もなく硬直していたエセルだったが、ふう、と大きく息をついたのち、思いっきり不貞腐れてみせる。
「これだけでは、足りぬ」
「足りないと言われましても、やる気を出していただくのは、右手だけで充分ですから」
「いやしかし、疲れているのは右手だけではないぞ。頭も目も、そう、口だって……」
「それでは、書類の検分から全て隊長にお任せいたしましょうか」
「……」
 しぶしぶ抵抗を諦めて、それでもまだ未練がましく、エセルはインシャをねめつけた。
「あとで、右手だけでは物足りない、と言わせてやるからな」
「今は、仕事に集中なさってください」
 にべもない言いざまに、溜め息一つ、エセルは再び仕事の山に分け入っていった。
 
 


「キスの日」に合わせてキスネタのSSを書いてみました。
 思いっきりひねくれたシチュエーションですみません。
 

「撞着する積木」SS「眼鏡」


 あれは大学生の頃だったか。眼鏡を鎧に例える話を小耳に挟んだ時、「それは違う」と朗は思った。
 確かに、視力の悪い者にとって、眼鏡が無い状態というものは、酷く頼りなく、無防備に感じられるものである。輪郭がぼやけ、色彩が滲み、全ての境界が曖昧になった世界には、時に不安や、場合によっては恐怖が潜んでいる。そう、たそがれどきの四つ辻のように。
 だが、世界が不明瞭であればあるほど、自身もその薄闇にたゆたうことができるというものだ。見通せぬ世界が怖いというのならば、見なければよい。見なければ、認識上それは存在しないのと同義になる。そう、全ては靄の中に。嫌なものも腹立たしいものも全て、ぼんやりとした薄幕の向こうに追いやってしまえばいい。
 ソファに腰掛けた朗は、眼鏡の位置を直して、薄く笑った。
 明瞭な世界。ここには、朗と、朗をとりまく全てのものがある。朗にとって眼鏡は、自分と世界とを繋ぐよすがであった。
「どうしました?」
 志紀が、怪訝そうな表情で朗の顔を覗き込んできた。
 艶やかな黒髪、人形のような肌理、澄みきった瞳を飾る睫毛の一本一本までもが、くっきりと薄闇に浮かび上がって見える。
「私、何か変なこと言いましたっけ?」
「思い出し笑いみたいなものだ。気にしないでくれ」
 ――他人の至近で眼鏡を外す、ということが、私にとってどういう意味を持つのか、おそらく君は知らないだろう。
 朗は、微かに目元を緩めると、志紀を引き寄せた。
 そっと眼鏡を外し世界を遮断する。手元に志紀を残したまま。
 
 


 調子に乗って、「積木」SS第二弾です。
 ちなみに、朗がデレたあとの話です。(「撞着する積木」本編では一度も眼鏡を外していないので)
 
 

新着

■コメント
0117:GB
0117:けいったん
0706:GB
0706:文月柊
0126:GB
■トラックバック
0905:はやぶさが来るよ!